いじめはダメなはずなのに…

神戸の小学校での「教員いじめ」の問題がニュースとなっていますが、「いじめ」を撲滅すると豪語している教員が、しかも今回の問題に限っては「いじめ対策」の第一線で動いているはずの教員が、「いじめ」を行っていたというのですから、学校に子どもを預ける側からすれば本当にあり得ない信じられない話です。

今回のニュースでもその一端がわかるように、実は「いじめ」の問題って子どもだけに存在する問題ではないのですね。

「いじめ」は大人の社会でも普通に存在するのが実態です。

なぜ、「いじめ」が起こってしまうのか。

私は、その根本的な原因が基本的に「いじめる側」に存在し、いじめる側がいじめをしてしまう構造は大きく分けると3つあると思っています。

一つ目は、自分が強いということを周りから認めてもらいたい「承認型」のいじめ。
二つ目は、仲間の結束を強めようとして外部の人間を除こうとする「排除型」のいじめ。
三つ目は、自分の日頃の満たされない欲求を解消しようとする「発散型」のいじめ です。

まず、一つ目の「承認型」のいじめですが、日ごろからあまり自分のことを認めてもらえていないと感じていて、また周囲との競争で負けて自分の価値を失うことを過度に恐れている人が陥ってしまう「いじめ」の型です。
自分の強さを周りにも、また自分にも証明したいがために、自分よりも弱い人を見つけて攻撃してしまうのですね。

二つ目の「排除型」のいじめですが、もしかしたらこれが一番質の悪い構造かもしれません。

特に日本人は非常にチームとか組織の連携とかを重んじる国民性を持っています。
チームで何か大きなことを成し遂げ、達成感を得たり社会に貢献することができるという意味では素晴らしい国民性なのですが、反面、その組織のルールや掟を破った人を徹底的に制裁して排除するという力が働く危険性があります。
その制裁がまだそのルール破りに見合った程度のものであるのならば良いのですが、これがひどくなると人格否定や集団での一斉攻撃につながってしまうこともあります。
こうなれば確実に「いじめ」の領域に達しますが、しかし組織内部ではそれが、ルール破りに対する「善」の行為である、という意識が強いため内部での解決を図ることは非常に難しくなります。
内部に誰も助けてくれる人がいなくなる可能性があるという意味で非常に質が悪いですよね。

三つ目の「発散型」ですが、これは日ごろの生活でいろいろと不満やフラストレーションがたまっていて、それをだれかを「いじめる」ことで発散しようというものです。

なぜ人をいじめるとストレス発散になるのかというと、

実は脳科学的にみると、誰かをいじめているときに、人はドーパミンという神経伝達物質を大量に分泌するらしいのです。

ドーパミンとは、快楽や多幸感をもたらすといわれている物質です。

すなわち誰かをいじめることは、楽しいことであり、幸せなことであって、自分のフラストレーションを十分に解消してくれる劇薬となるのです。

ここまでに挙げたいじめる側の3つのいじめの構造の問題を解消しない限り、おそらくこの先もずっといじめの問題が消えてなくなることはないでしょう。

いじめをなくすために大切なことは、
①競争の中で人の価値を見出すのではなく、存在自体の中に人の価値を見出すこと
②組織の規範が強すぎず弱すぎずの状態をつくること
③普段からフラストレーションをためない・ためさせないように心掛け、ストレス解消法を見出すこと。

などです。

時々、いじめはいじめられる側にも問題があるという人もいますが、それは明らかに間違っていると言わざるを得ません。
すべてのいじめは、いじめる側やいじめる側の組織の構造に問題があります。

その辺をもう一度見直して、認識し直して学校においても社会においても、いじめの問題をしっかりと考えていってほしいと思います。

リトルステップ 塾担当 渡部岳(わたなべがく

投稿者プロフィール

watanabe
watanabeリトルステップ塾講師
リトルステップで学習塾を担当している渡辺です。
高畑小学校→道塚小学校→六郷中学校→東京高等学校→明治大学政治経済学部。
大学では『都市政策』専門家の市川宏雄教授のもとでゼミ活動を行い、その中で大田区長に対して「大田区の外国人観光客向け観光プラン」の政策提言を行いました。また、文学部で教職員課程の教授でもある齋藤孝教授から2年間教育方法・授業論等を学び、その教えを基に現在教育活動を行っています。
2019年3月まで学校現場でクラス担任をやっていて、現在も非常勤講師として学校現場に携わっています。
学校と塾と家庭の連携を図り、子どもたちをより良い進路へと導いていけるように最善を尽くします。よろしくお願い致します。